| 第40話 僕にとってのノート 2002/10/02 |
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きとんと僕の中で一冊のノートを持とうと思ったのは1999年の夏くらいからです。それまではシステム手帳にスケジュールや頭に浮かんだメモを走り書きしていたのですが、山川健一さん著「日曜日のiMac」という本に出会ってから刺激を受け1冊の真っ白なノートを購入し、いつも持ち歩くようになりました。 そこには、頭に浮かんだすぐに消えてしまいそうな感情や、ふいに出会った好きな言葉、恋をしていてやり場のない気持ち、とにかくなんでも書きまくっていました。汚い字で、時には弱々しい筆跡で、僕の全てが鏡のように映しだされています。ふと立ち止まってページをめくって過去の文章を見て、恥ずかしいと思ったり、そうか僕はこのときこんな気持ちだったのかと感じたり、僕にとっては過去の感情を呼び起こしてくれるお金よりも大事なものです。 紙のノートを手に入れた僕は数ヶ月後、WindowsCEというOSがインストールされたヒューレットパッカード社のJornada680という軽さ500gという小さなマシンを手に入れ、スケジュール管理とノートとしての使い方を1年以上、続けるに至りました。「ノート」というフォルダを作り、その中にさらに「日記」のフォルダがあったり、気づいたことを書き留めるフォルダもありました。仕事中や喫茶店に入った時にもJornada680を開き頭の中に浮かんだいろんな感情を書きなぐっていました。 僕にとって「ノート」という概念はとても大切なものです。 今、僕の手元にはm515というPalm社のパームがあります。このm515の中にもメモ帳やその他のアプリが僕のノートの代わりをしてくれています。手のひらにすっぽりと収まるm515の中に僕の感情のほとんど全てと言っていいくらいの言葉・文章・アイデアが詰まっています。もちろん好きな言葉や文章も入っています。 CLIEのNXシリーズが発売され僕はその1週間前にT400を売り払いm515を手にしました。T400や新しいNXシリーズは多機能でマルチメディアでとても魅力的なパームだと思います。だけれど、僕にとって必要なノートはm515の方なんだろうなと思い始めています。オーディオ機能もハイレゾもないけれど、地道に僕の頭の中を整理してくれるのはm515の方だと思うようになっています。パームで音楽が聴ければ便利だし、ハイレゾ液晶で写真や動画を手軽に扱えるのもとても楽しいことだとは思うのです。 だけれど僕はパームで何をしたいのか?何を望むのか?と自分に問いかけて行くと今の僕にはm515の機能で十分なんだということに気づくのです。 そう、僕にとってパームとは、パームに望む基本の基本は「ノート」なんです。 NXシリーズのあまりの多機能さに驚き、改めてパームって?と自分に問いかけたらこんな考えが僕の中に芽生えました。 |